2009年7月 5日 (日)

守護神の導き 心の声 パート169

日増しに快復していく、義理の母の体調は

愛する孫たちの、優しい介護のパワーでも

あるようです。

弟も、今までこんなに母と共に過ごした時間は

なかったと想います。

守護神は、親子の愛情を静かに見守って

います。

弟にとっては実の母ですが、今まで私が弟の母の

役割をしていました。

でも、いざこんなふうに、母の命が天に近く

感じるようになると、さすがに親子の情は強く

血の繋がりの深さを感じます。

そして私の守護神は、其の様子を眺めながら

ぽつりと言います。

「久宮子の母は、家族の誰からも見られず

義理の母と父の罪よって、哀しい最期を迎えた。

その生みの母のことを思えば、あまりにも

残酷な罪である。」

その言葉を私もしっかりと受け止め、

亡き母の霊魂に手を合わせ、天国は幸せですか?

と天に居る母に話かけました。

天上界からの言葉は「今は苦しみも無い

悲しみも無い世界で、マリア様に抱きしめられ

過ごしております。」

と聞こえた。

其の言葉を聞いて私はほっとします。

「お母さんが天上界で幸なら、今の母の為に

私は尽くせます。と答えました。(^。^)

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2009年7月 4日 (土)

守護神の導き こころの声 パート168

病院に搬送された時は後3日の命。

医者はそう判断されてから翌日、

私がヒーリングして、義理の母の心が

私に有り難うと言ったその夕方から

食事は普通食となり、時間と共に健康を

取り戻そうと、懸命に義理の母自身の命の

時間は延びています。

凄いもんだと想いました、。

弟は朝食のメニューや、母の食事する姿を

メールで送信してきました。

私はメールの中に写る母の姿を見ながら

手を当てパワーを流しました。

日増しに元気になって、総合病院に搬送されて

2週間目には、福岡の実の娘の住む近所の

病院に昨日転院しました。

そして、先程弟が母の姿をメールで

送ってくれました。

何と死に掛けた人とは思えないほど

明るい元気な笑顔を、私に見せてくれました。

人って本当にこころが変わると、病気まで

跳ね除けてくれるもんですね。

心から嬉しく想います。

私がしてあげられることは祈祷すること。

写真からパワーを与えること。

そして、病気により義理の母の

想いが伝わったから、病気に感謝です。

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守護神の導き こころの声 パート167

弟は、其の日から母の朝食を食べさせるため

朝7時には、私の家から病院まで通いました。

其の姿を見て、私は弟にしてあげることは

お弁当を作ってあげ、母と共に朝食を病院で

食べさせることと思い持たせました。

すると母は、お弁当のおかずを食べて

言ったそうです。

「くみちゃんは優しいもんね、美味しか」と

涙を浮かべながら。

私は其の言葉を聞きながら、幼い時を

思い出していました。

義理の母は酒屋をしながら、雑貨も売って

いて、少しだけど味噌や、醤油、天ぷら、

かまぼこなど店においていました。

毎日夕食は、私が担当していていつも店の

売れ残り商品を活用し、晩御飯の用意をして

いました。

私が作る物はいつも誉めてくれるので

料理だけは自慢でした。

母は私を上手く誉めて、手伝いをさせて

いました。

社会に出た時、そのことがどれ程役に立ち

私は恥を欠かずに、何処でも働けたのです。

幼いときからの家事手伝いは、私の誇りと

何時しか想うようになっていました。

だから私が作る料理は、義理の母の味でも

あるのです。

朝お弁当を持って行く弟の声を聞きながら

こころの声は、義理の母への想いを少しずつ

許されていました。

弟は毎日のようにオムツの交換をして

愛する母への恩返しをしているようです。

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守護神の導き こころの声 パート166

先日義理の母の体調が悪くなり救急車で

佐世保の総合病院に搬送されました。

元々、肝臓癌を患っていて、退院を繰り返して

いたようでした。

義理の母の様子を私の耳に届けるのは

いつも弟からですが、今回ばかりは一度

見舞いに行ってみようと思い、私は弟の妻と

行ってみました。

弟からのメールだと3日しか持たない命と

言う事だったので(^。^)をみせて安心させて

あげることにしました。

病室の中に入ると、私を祝福したくない人と

勘違いして、大きな声で怒鳴り、弟の妻と

二人で少し驚きましたが、まあ其処は許すこと

にして、暫く様子を伺いながら、義理の母の娘と

私の姉と其々体調を心配していました。

私はこの母の哀れな姿を見て、是までひどい

仕打ちをされた哀しみや、私の実の母への

憎しみを想いだしていました。

するとこころの声は、「もう永くはありませんね。

ですが、あまりにも哀れすぎます。

少し身体を楽にしてあげましょう。」

そう言いながら、義理の母の肝臓の部分に

手を当てて、私の身体からすごいエネルギーを

だしていました。

そして胸に手を当て、首のリンパに手を当て

暫くして義理の母は「息がしやすくなったあ」

と一言いいました。

顔色が良くなったのを見届け、私は帰ろうと

挨拶をすると、義理の母の手が私の手をぎゅっと

握り締め、何度も、何度も、肩を震わせながら

涙を流し、「くみちゃんありがとう、ありがとう、

ありがとう」を繰り返し言って、私はどう答え

ればいいのか戸惑いました。

其の母の口から、まさかありがとうが聞こえて

くるなんて、信じられない出来事でした。

其の涙に義理の姉が涙し、実の姉の目から

涙が溢れ、3人で昔話をしています。

守護神は3人の話をじっと聞きながら

「その言葉を、其の涙を素直に聞いては

ならない。

また貴方は上手く使われるから」と諭しました。

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2009年6月30日 (火)

守護神の導き 心の声 パート165

昨日、知り合いのパソコンの先生の

お母様がお亡くなり、お通夜に行って

きました。

大雨の中、足元も悪いせいか参列者は

まばらでしたが、喪主の方は気丈に

振舞っていました。

私が、お母様の思いを霊視して伝えると

涙ぐんでいました。

残された喪主は、これから一人寂しく

暫く時間を過ごすのでしょうね。

人は、孤独の世界から自分を強く逞しく

して磨くものです。

そして、家族が一人天に祝福されたことで、

家族の愛を知らされることでしょう。

生きて居る時に気付くことが

出来なかった愛を。

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2009年6月28日 (日)

守護神の導き 心の声 パート164

暫くご無沙汰してたことごめんなさい。

いたって元気でした。

今日は久しぶりに話しますよ。(^。^)

最近、偶然とは思えないほど、昨年亡くなった

私の子供の父と商店街で会います。

そして、昔と同じように笑顔で挨拶し、

去年の、あの哀しみは薄れたようで

私と立ち話しします。

子供が亡くなった後、彼の家庭に、

又新たな命が誕生していました。

だから新しい命の存在は、彼の家庭では

幸溢れるひと時のようです。

偶然にも出会うたびに、私の心も昔の思い出が

心を満たしています。

子供の父とは、夫婦として生きることは

出来なかったけど、子供の死をきっかけに

彼の家族とのお付き合いが

それとなく出来るのは、感謝が

あるからだと思います。

私は一日たりとも子供の幸を願わない日は

なかった。

その苦しみは、子供を手放した日から始まり

ました。

子供の父は、私と別れて3ヵ月後に新しい妻を

迎え、2年後には二人の間に二人目の子供が

授かっていました。

其のことを聞かされたとき、心は傷つき

生きる希望も失せて、私は九州から離れ

長い間一人で働いて生きてきました。

あれから30年の年月が過ぎ、私が佐世保に

帰り、せめて子供の住む街で生きたいとこの

マンションで暮らし始めて、久しぶりに便りが

来たのは昨年3月でした。

「子供が死んだ。」その一言で私の今までの

人生が崩れ去る想いでした。

今は苦しみも哀しみも薄れ街で会っても

お互いに笑顔で挨拶が出来ることは

本当に嬉しいことです。

もともと子供の父は、昔私が働いていた会社の

上司だったから、今もその思い出が蘇ります。

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2009年6月23日 (火)

守護神の導き

守護神の導き
友人のご機嫌な顔です。

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守護神の導き

守護神の導き
そして私も記念写真を撮ってもらいました。〓

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守護神の導き

守護神の導き
仁田峠で記念撮影です。後ろの山は普賢岳です。今は静かな緑溢れる景色でした。

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守護神の導き

守護神の導き
この写真は普賢岳です。17年前噴火したとは思えないほど雄大で静かな景色でした。犠牲者の霊魂に心から祈りを捧げました。

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